スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

依存症

携帯電話の普及が著しい。
特にiPhoneに代表されるスマートフォンは、今注目のアイテム。
ぼくも変えようかな、と思うけれども、何となく手が出ない、そんな日々を送っている。

ゲームやアプリも発達して、携帯が一台あればテレビは見れるし、ゲームもできる。
ひたすらメールもできる。
考えてみればすごいものだ。


先日まで、教会に通う青少年と所謂“キャンプ”に行ってきた。
大体において中学生高校生になると、もちろん家庭の事情もあるけれども、多くの子が携帯電話を持っている。
小学生で持っている子もいる。

当然、そのキャンプに携帯電話を持ってこないわけがないんだけど・・・。



いくらこの広大な北国とはいえ、よほどの山の中でなければ電波は届く。
キャンプしている場所でも当然届く。

もちろん、一応“ワンセグは禁止”“マナーを守りましょう”という指導はする。
しかし、状況は、ぼくらが考えるよりはるかに先を行っているように思う。


ぼくが初めて携帯電話に類するものを持ったのは大学のとき。
携帯電話はようやく普及し始めた頃で、まだまだ高価だった。
持っていたのは確かDDIのPHS。今のWILCOMの前身。

メールだって初めはカタカナしか打てなかったし、漢字を使えるようになっただけでびっくりした。
他の会社へはメールができなかった。
それからEメールになって、他の会社の携帯にメールができるようになって、絵文字とかも使えるようになって・・・。
今を考えると、“いやはや、発達したものだなぁ”と思う。

高校のときはポケベル、中学のときはそんなものは無かった。

友達とのコミュニケーションは口で、言葉で言う、そんな感じだった。
親に見られながら長電話もできないから、直接会って話すものだった。


だから、キャンプに来てまで携帯をいじっている子を見ていると、理解に苦しむ。
そんなものなくたって、友達とコミュニケーションは取れるはずなんだけど。


キャンプに来ていた一人の女の子は圧巻だった。
初めから終わりまで、礼拝中だろうが食事中だろうがiPhoneを手放さない。
常に持っている。
噴水で遊んでいようが、おやつを食べていようがお構いなし。


“依存症”という言葉が頭にポッと浮かんできた。
携帯は便利な反面、便利すぎて手放せなくなるように開発されている。

開発している人たちの意図は成功してるなぁ、と思う。


子どもたちにとっては生まれたときからあるのが当たり前なもの。
それが存在しなかったことなど想像できない。

メールで友達にいたずらするのが当たり前だし、絵文字を使わない用件だけのメールなんて考えられない。

だからこそ、使い方のマナーを守りましょう、と言いたいところだけど、それを指導するべき先生たちはぼくよりはるかに年上。
荷が重いだろうなぁと思いつつ、大学生の発案で“携帯不携帯”ルールを設定してみた。

半日ほど携帯を取り上げてみたところ、別にコミュニケーションが取れないという感じでもない。
子どもたちの持つ本来的な力に、少し“ほっ”としながら、来年はどうしてくれようかと思う。

こういった新しい文化についていけなくなった時点で、かなりおっさん化してるなぁ、と思う今日この頃なのです。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

義援金募集
FC2「東北地方太平洋沖地震」義援金募集につきまして
カウンター
プロフィール

北のサムエル

Author:北のサムエル
とある北国のとある地方都市で働くキリスト教の牧師です。思いついたこと、感じたことを、気の向くまま、心の向くままに書き散らします。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。